01|結核病学会と結核診療の歩み
- 司会 結核病学会の設立は大正12年と聞いております。まずは学会のこれまでの歩みについて教えていただけますか。
齋藤 武文 先生
国立病院機構 茨城東病院 院長
- 齋藤 日本結核病学会は大正12年、1923年の1月に、北里柴三郎博士らによって結核研究の進展と結核対策を目的として設立されました。皆さんもご存じだと思いますが、北里博士はペスト菌の発見、破傷風の治療法の開発など感染症医学の発展に貢献し、日本の細菌学の父として知られています。また第1回総会の会長も務められており、本学会はそこに出発点があります。
結核診療は国が定める「結核医療の基準」に基づいて行われますが、実は本学会からも専門家の見解として同名の「結核医療の基準」を示しており、最新の研究結果を踏まえ適宜改訂しています。国は学会の基準も参考にして法律を改正することから、本学会は国の「結核医療の基準」の作成に非常に貢献しています。他にも我々の先輩の先生方が、イソニアジド、ストレプトマイシン、パラアミノサリチル酸を代表とする多剤併用化学療法の臨床試験を行い、それが現在の治療につながっています。そういった先輩方の努力のおかげで、日本の結核対策の推進、結核患者の診療水準の向上に貢献し、その対策と研究に本学会が貫いてきた学問研修の推移、その成果を社会に還元するという姿勢は、他の学問分野のモデルといわれています。
- 司会 学会の設立に至ったということは、当時の結核の状況が大変だったということですね。
- 齋藤 学会発足の1923年当時は日本における結核の対人口死亡率が人口10万人当たり200人を超えており、現在の100倍以上であったといいます。その後昭和20年代まで結核は日本人の死亡原因の第1位を占めていましたが 図1 1)、最近は随分減少し、2018年の国内新規報告結核患者数は15,590人、罹患率は人口10万人当たり12.3人と報告されており2)、死亡者数も1923年当時と比べると非常に減少しています 図2 。
- 司会 今は年間の死亡者数が約2,000人と聞きましたが。
- 藤田 そうですね。2018年の年間死亡者数は2,204人、死亡率は人口10万人当たり1.8人で2)、1923年に比べると死亡者数は100分の1程度に減少したという状況です。
- 司会 まさに結核患者の診療水準の向上に学会が貢献された成果ということですね。
- 齋藤 そう思います。
図1
日本における主な死因別にみた
死亡率(人口10万対)の年次推移
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注1)平成6年までの「心疾患(高血圧性を除く)」は、「心疾患」である。
2)平成6・7年の「心疾患(高血圧性を除く)」の低下は、死亡診断書(死体検案書)(平成7年1月施行)において「死亡の原因欄には、疾患の終末期の状態としての心不全、呼吸不全等は書かないでください」という注意書きの施行前からの周知の影響によるものと考えられる。
3)平成7年の「脳血管疾患」の上昇の主な要因は、ICD-10(2003年版)(平成7年1月適用)による原死因選択ルールの明確化によるものと考えられる。
4)平成29年の「肺炎」の低下の主な要因は、ICD-10(2013年版)(平成29年1月適用)による原死因選択ルールの明確化によるものと考えられる。
厚生労働省:平成30年(2018)人口動態統計月報年計(概数)の概況
図2
日本における結核および
非結核性抗酸菌症の
死亡者数の推移
(2006~2016年)
厚生労働省:人口動態調査 人口動態統計 確定数 死亡(2006~2016年)より作成
02|日本結核病学会から
日本結核・非結核性抗酸菌症学会へ
- 司会 結核患者は減少しているとのことですが、先生方はこの状況をどのように認識されていますか。
- 齋藤 日本では患者数が減少しているものの、世界に目を転じると結核はまだまだ多く、WHOの報告では2018年の年間罹患者数は1,000万人、死亡者数も150万人ということで、開発途上国を中心に結核で死亡する方、なかでもAIDSと合併して死亡する方が非常に多いという状況です3)。そして最近日本で問題になっているのは、海外の結核蔓延国から日本に来られた外国出生の結核患者の割合が上昇傾向にあるということです。特に20~29歳の若者では過半数を超えています4)。またこのような患者の多くは耐性菌結核で治療に非常に難渋することから、今後外国出生者に対するより一層の結核対策が求められます。
- 鈴木 また日本では結核患者が減少している一方で、近年は非結核性抗酸菌症、特に肺MAC症の患者が増えています。肺MAC症はもともと結核患者が多い状況下で結核後遺症として報告されることが多かったのですが、近年は基礎疾患のない中高年以降の女性に増えています。
- 司会 そうしますと、結核だけでなく非結核性抗酸菌症への対策も必要になりますね。
藤田 明 先生
東京都保健医療公社 多摩北部医療センター
呼吸器内科 臨床顧問
- 藤田 はい。今鈴木先生がおっしゃったように、非結核性抗酸菌症は結核の後にみられるケースが多かったことから、以前より結核病学会の中で取り組もうという流れがあり、学会として非結核性抗酸菌症の診断・治療に関する提言を出していました。また2008年には日本呼吸器学会と合同で肺非結核性抗酸菌症の診断基準を作成しましたが、この時は結核病学会主導で作成したと記憶しています。しかし、最近は結核と関連のない非結核性抗酸菌症患者が増えており、日常診療でも我々より若い医師では結核よりも非結核性抗酸菌症の患者を診る機会が多くなってきています。このような背景から、学会として結核の対策は引き続き行いつつ非結核性抗酸菌症の対策にも取り組むという姿勢を明確に示す意味で、2020年1月1日付で学会名を日本結核・非結核性抗酸菌症学会に改称しました。学会名の変更は、近年の非結核性抗酸菌症の状況等を考慮して約3年前に提案され、アンケート調査などで新名称の条件やその案を検討し決まりました。今年まさに学会名を変更したばかりですので、これからは若い先生方にも積極的に参加していただき、より活発に活動していきたいと考えています。
03|非結核性抗酸菌症の現状
- 司会 先ほど日本では結核の患者数は減少している一方で、非結核性抗酸菌症の患者は増えているというお話でした。では改めて非結核性抗酸菌症について、日本の状況を含めて詳しく教えていただけますか。
鈴木 克洋 先生
国立病院機構 近畿中央呼吸器センター 副院長
- 鈴木 はい。非結核性抗酸菌症は元々米国と日本で研究が盛んに行われてきた疾患で、80年代前半までは結核後遺症として男性で多く報告されていました。しかし80年代後半から病型が徐々に変わり、近年は中高年以降で喫煙歴や結核の既往がない女性患者が増えています。日本では特に2000年頃から急増し、2014年には当時の菌陽性結核症の罹患率を上回る数値となっています 図3 5)。その他アジアの韓国や台湾でも、2000年以降は研究が盛んになった側面もあり、患者が増えています。一方欧州は、米国や日本に比べると増えてはいるものの、患者数自体は比較的少ないという状況です。総じて結核が減少している国で増加しているため、先進国に多い疾患と言えます。
- 司会 非結核性抗酸菌症の中でも特に肺MAC症が多いそうですが。
- 鈴木 そうですね。非結核性抗酸菌そのものは約190種類が確認されており、このうち人間に病原性を示すのは約40種類です。非結核性抗酸菌症は世界的に増加しており、いずれも原因菌として、MAC(Mycobacterium avium complex)が最も多いという共通点があります 図4 7)。日本では8~9割が肺MAC症です5)。一方、原因菌には地域格差があり、例えば日本では2番目に多いのがM. kansasiiですが、米国ではM. abscessus、韓国、台湾もM. abscessus、欧州では国によってM. xenopiやM. malmoenseという具合に地域格差があります。さらに、MACはM. aviumとM. intracellulareの2つの菌を合わせた概念で、2つの菌種の性状が非常に似ていることからMACと呼ばれていますが、細かい地域格差を見ますとM. aviumとM. intracellulareが日本国内で検出される割合にも格差があります5)。西日本ではM. intracellulareが多く、東日本や北日本はM. aviumが多いです。関東地方ではM. aviumが8割程度、当院のある近畿地方でも7対3でM. aviumが多いですが、中四国地方では五分五分、九州地方ではM. intracellulareが多いというのがわかっており、原因菌に関しては日本の中でも非常に地域格差があります。
図3
日本における肺NTM症罹患率の
年次推移(1980~2014年)5)
1980~1998年:国際研究班による調査結果
2001年、2007年:研究協議会による調査結果
2014年:日本医療研究開発機構(AMED)の実用化研究事業支援による研究結果
- 研究対象・方法:
- 日本呼吸器学会認定施設・関連施設(884施設)を対象に、2014年1~3月の肺NTM症および結核の新規診断数を調査するアンケートを実施した。
5)Namkoong H, et al. Emerg Infect Dis. 2016; 22(6): 1116-1117.
6)日本医療研究開発機構. https://www.amed.go.jp/news/release_20160607-02.html(2020年7月20日に利用)
図4
呼吸器検体から分離された
非結核性抗酸菌の
地域別の菌種分布(海外データ)
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- 研究対象・方法:
- 世界のNTM-NET協力団体(病院、地域、リファレンス研究所)において、2008年に肺検体からNTMが分離された患者の総数を収集した。データは、菌種が同定されており、かつ分離法が明らかなもののみとした。
Hoefsloot W, et al. Eur Respir J. 2013; 42(6): 1604-1613.
04|非結核性抗酸菌症の
診断・治療環境における課題
- 司会 それでは非結核性抗酸菌症について、最も多いとされる肺MAC症を中心にお話を伺いたいと思います。まず日本の診断基準についてご説明いただけますか。
- 鈴木 日本の非結核性抗酸菌症の診断基準は国際的整合性の見地から米国のガイドラインをもとに作成されており、2008年に発表された最新の診断基準は2007年に米国胸部学会と米国感染症学会が共同で発表した診断基準をもとに作成されています 表 8)。以前の診断基準は複雑で臨床の場では使いにくいものでしたが、改訂を重ねるごとに基準が緩和されています。簡単に申し上げると、最新の診断基準では胸部画像検査で結節性陰影や分枝状陰影など「非結核性抗酸菌症らしい陰影」が確認されたうえで、痰から同一の菌種が2回検出される、痰が出ない場合は気管支鏡検査により採取した気管支洗浄液で菌が1回検出される必要があります。ただしこの診断基準を用いるのは、MAC、M. kansasii、M. abscessusまでで、これ以外の珍しい菌種の場合はもう少し厳しい基準が要るのではないかといわれています。
- 司会 基準が緩和されたというのは非結核性抗酸菌症と診断される方が増えたということですか。
- 鈴木 そうですね。先ほどもお話ししましたが、80年代前半までは結核とともに線維空洞型と呼ばれる結核後遺症に合併した肺MAC症が多かったため、厳しい基準でないと区別できなかったのです。しかし80年代後半から、基礎疾患のない中年以降の女性の結節気管支拡張型と呼ばれる肺MAC症が増加し、従来の厳しい診断基準では診断できない方が増えてきました。基準が緩和されたことで、軽症例を早期に発見できるという方向性になったと思います。
- 司会 診断される患者さんが増えた一方で、課題もあると聞きます。
- 鈴木 はい。診断された方が必ずしも即治療となるわけではありません。従来の診断基準では必ず治療が必要となる重症例が多く診断されましたが、基準を緩和した結果、軽症の人がみつかるようになり、例えば高齢で無症状の方を治療すべきかどうか判断がむずかしいのです。ここが結核との違いで、結核は人にうつるため本人だけの問題ではなく公衆衛生的な問題があります。また治療すればほとんどの方は完治するため、診断例は半ば強制的に治療します。ところが、主に肺MAC症は人から人にうつることはなく本人だけの問題です。かつ、結核は無治療だと5年で約半数が死亡することが分かっていますが9)、肺MAC症は経過が緩慢で、5年間の死亡率は約5%という報告もあり10)、例えば診断時に75歳の場合、平均寿命と薬剤による副作用を考慮すると、特に症状のない軽症例では判断がむずかしくなります。そのため診断することと治療開始の基準を分ける必要があるのですが、具体的な治療開始の基準は打ち出せていないのが現状です。また肺MAC症が疑われる患者は痰が出ない方が圧倒的に多く、検体の採取も問題になります。全例に気管支鏡検査をするのは現実的でないですし、日本では抗MAC抗体検査が保険収載されておりMAC抗体の陽性は確認できるのですが、あくまで参考値の扱いとなり診断基準は満たさないわけです。このように痰が出ない方は診断がむずかしい面があります。
- 司会 治療開始のタイミングがむずかしいというお話でしたが、治療自体の課題はありますでしょうか。
- 鈴木 肺MAC症の世界的な標準療法は、リファンピシン、エタンブトール、クラリスロマイシン(またはアジスロマイシン*)の3薬剤による多剤併用が基本で、これは20年以上変わっていません。しかし結核と違って治療効果が乏しく、この3剤を年単位で服用し続ける必要があるため副作用や医療費などが負担になります。また治療によって菌が陰性化しても治療終了後に高率に再発を起こすことが知られています。結節気管支拡張型の肺MAC症では、治療終了後48%が再発しそのうち75%が再感染、つまり別の菌に感染したという報告もあります11)。菌を吸わないように環境因子に対する指導を熱心に行っても、再発を防ぎきることはできず、効果が乏しく再発が多いというのは大きな課題となっています。
*肺MAC症に対する使用は本邦未承認
表
肺非結核性抗酸菌症の診断基準
(日本結核病学会・日本呼吸器学会基準)
※タップすると画像が拡大します
日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員, 日本呼吸器学会感染症・結核学術部会.
Kekkaku. 2008; 83(7): 525-526.